青木毅
リーダーへの一言コラム

相手があることだから難しい!?ではダメ

ミスター・プレッシャーから鉄人へ4)…………………………

この『自分のなりたい姿』というのは、
自分を励ますのに大いに役立つんです。
そして良い結果を残すんですね。
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私は『自分のなりたい姿』を描かず、
『自分のなりたくない姿』をいつも描いてしまうんです。

だから、チャンスに打てないんです。

ついたあだ名はミスター・プレッシャーです。

毎日地元の新聞に書かれ、こたえました。

レギュラーで僕は出ていたんですから、
力が無いわけじゃないんです。

じゃ、なぜ力が出せなかったのか?

『自分のなりたくない姿』をいつも描いたからです。

たとえば、チャンスが広がってくる。
よーし、ここで1点取ったら、優勝が近づいてくる。
そんな時に僕の前の打者がヒットを打つ。

そんな時に当時の巨人の長嶋さんだったら
「いやー、みんな悪いなー。またお膳立てしてくれて。
また明日のスポーツ新聞の一面俺だな」
ってバッターボックスに行くでしょうが、

当時の私は『自分のなりたくない姿』を描いてしまうんです。

1歩、2歩、打席に向かって歩くうちに不安が出てくる。
『ここで打たなきゃ、やじられるだろうなー』

4歩目ぐらいでベンチが気になる。
ベンチをちらっと見ると、
古場監督が「おい、なんとかせいよー」てっ顔してる。

そうすると私は『ここで打たなきゃ、監督怒るだろうなー』と思う。

そんな私の顔を見て、
ベンチの皆は「おい、あいつ、大丈夫かー」って不安な顔して見ている。

そうすると4歩目の私は『せめて、ここで三振だけはいやだ』と思うんです。
5歩目、6歩目は『とにかく、三振しないで帰りたい』って考えているんです。

自然に『自分のなりたくない姿』をどんどん描いているんです。

そうなると第1球目は様子見ようってなるんです。
バッテリーはそれを見透かし、
第1球目から、ドン!ど真ん中のストレートです。

私は『しまったー!』と思い動揺するんです。
そして『今の打たなくって、どの球が打てるんだ』と思うんです。

そうなると私は『もう、逃しちゃいけない。打たなきゃいけない』となります。
そこでバッテリーはそんな打ち気にはやる僕を見て、外角にカーブ。
それも大きくそれたボールです。

打ち気にはやった私のバットは止まりません。
私は思いっきり空ぶり。
それを見て、スタンドからは野次られます。

こうなると『あんな外角振っちゃいかんな。外角に対応しないと』と思う。
そうすると近めがガラガラ。

そうなるとバッテリーはその私の気持ちを見透かしたように、
内角へのドン!とシュート。
アンパイヤは「ストライク!三振!」

『あちゃ………、しかたがない。』
ちらっとベンチを見ると古葉監督は、
「このやろーって!」ベンチで箱を蹴り上げている。

選手の皆は下向いている。
スタンドからはいやって言うほど野次られる。
もう本当に敵のベンチ帰るようなもんです。

針のムシロです。
「ワチャー…」って感じです。

これを何回もやっている間に自分の頭がややこしくなる。
『自分のなりたい姿』が描けないんです。

なんとかしなきゃいけないと思えば思うほど、
プッシャーにかかる。

結局、自分を信じてないんです。

そんな僕が引退前にはどうなったか。

自分の気持ちに正直に打ちたいんだ!
という気持ちで望めるようになったんです。

つまり…
『自分のなりたい姿』を意識的に描くことができるようになったんです。

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■青木毅談

私も過去は、
ミスター・プレッシャーと言われるぐらい精神的に弱い人間でした。

それは営業マンの時代も続いておりましたが、
それを克服し、『自分のなりたい姿』を描けるようになったのです。

そして、契約率を高め、何人の前でも、
堂々とプレゼンや講演ができるようになったのです。

では、それは、どうすればいいのか?
その答えは後半に出てきます。

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ミスター・プレッシャーから鉄人へ5)…………………………

自分の中には、2種類の自分がいる。

「気の強い自分」と「気の弱い自分」

自分の『本音』に気がついたら「気の強い自分」になり、
自分を見ていないとき、つまり人を見ているとき
「気の弱い自分」になる。

つまり、気とは、エネルギーであり、生命体です。
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2018/05/07ミスター・プレッシャーから鉄人へ2

昭和43年、衣笠さんが21才の時、
山内一弘さんがトレードで
阪神タイガースから広島カープに移籍してきました。

当時、山内さんは36才で2000試合出場、
2000本安打、350本塁打を確定し、
オールスター男の異名をとり、
すでに名球界入りも決まっていました。

私は初めてこの大スターの練習をキャンプで見て、
練習の量の多さ、工夫の凄さ、姿勢の真剣さに
度肝を抜かれました。

こんな大先輩に21才の私が当然話し掛けることも出来ず、
この山内さんの練習をキャンプ、オープン戦、公式戦を通して
一生懸命見て学びました。

しかし、そんな中でも43年のシーズンは、
山内さん4番、私は5番を通しました。

シーズンが終わり、秋季練習の中で、
山内さんも私と多少は話をしてくれるようになったので、
何気なく山内さんに聞いたのです。

本当に何気なく、そして希望を込めて…

『山内さん、僕も頑張ったら、山内さんのように、
2000試合出場、 2000本安打できるようになりますかね』

この時、私は心の中では自分は後輩だし、
山内さんは「お前も頑張ったら、出来るよ」と
当然言ってくれるだろうと思っていました。

ところが返ってきたのは「お前じゃ、無理だ」という言葉でした。

『えっ…?僕には無理?このおっさん、何を言っているんだ?
 なんで、俺には無理なんだ?
 これは、ひょっとして…、
 俺は 馬鹿にされているのか?』

結局『やっぱり、僕は馬鹿にされていたんだ』とわかりました。

そうなると、ムカムカしてきます。
腹たちます。怒ってきます。

しかし相手は雲の上の大スターです。
文句言うわけにも行かない。

どうしたらいいか…?

私は考えました。
そして答えを見つけたのです。

『しようがない、これが今の俺の実力だ。
 となると…腹立てるだけが能じゃない。
 やりゃいいんだ。やりゃ。
 自分がやってしまえば、いいんだ。
 山内さんの年令になるまで幸い時間は15年ある。
 よーしっ!』

このときに私は、
初めて今後の自分の野球人生での目標設定ができました。

それはやっと一軍に入って来た21才の新人が2000本安打し、
まだわずかしかいない名球界に入いろうというばか高い目標でした。

それは山内さんの「お前じゃ、無理だ」という言葉が
口火となったのです。

そして、自分の『自分のなりたい姿』に、
あらたな目標が付け加わったのです。

それは…
小柄な俺の打った球が、
体の大きな選手が打った球よりも果てしなく空間を飛んでいく
そんなホームランを打てる選手になることなんだ。

そして、そんな選手となって、
自分が2000本打って、山内さんにいいに言ってやるぞ。
山内さん、僕もおかげで、2000本安打できましたと。
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■青木毅談

私の営業マンとして『自分のなりたい姿』は…

私の繰り出す言葉が、
お客様の心に突き刺さり、
そのお客様の人生さえも変えていく、
そんな営業マンになりたいと思っていました。

そんな営業マンとなって、
世界一のタイトルを取り続けることでした。

これが、説明説得型営業ではかないませんでした。
努力とファイトで一時的には獲得することはできましたが、
お客様の喜びの声、ご紹介へとつながらなかったからです。

それが、質問型営業でついに叶えることができたのです。
それはなぜか?

この後に出てきます。

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ミスター・プレッシャーから鉄人へ9)…………………………

「そうだろうなー。おめえの頭ならその程度だと思ったよ」
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昭和43年以降、広島カープは、選手を集め補強をしてきました。
そうなると次に必要なものは教育です。

そこで45年から教育に入りました。

そこでそれぞれの一流の専門家を呼んだ中に、
バッティングコーチは、
もと近鉄の投手でプロ野球の解説等で活躍した
関根潤三さんがまかされました。

当時関根さんがバッティングコーチに就任したときに、
私が挨拶をしに関根さんの部屋にいきました。

そのときに「おう、そうか、お前が衣笠か、仲良くやろうな」
とにこにこして言われ、私はんはいい人だなと思いました。

ところが次がいけません。

「そういや、衣笠、おまえバッティングで何を悩んでいる」
と突然唐突にたずれられました。

野球は力だと言わんばかりにバットを
力まかせに振り回すことしか考えたこともない私は
どう答えたらいいか分からず

『とにかく、バットの芯でいかにボールをとらえかですかね』
と答えました。

そのときに関根さんがやっぱりかと改めて確認たように言いました。

「そうだろうなー。おめえの頭ならその程度だと思ったよ」

『……』

「衣笠、自分のバッティングを10枚の分解写真にして、
バットがボールに当たるのは何枚目ぐらいにある?」

『?…6枚目ぐらいだと、思います』

「そうか、6枚目がくるっているとしたら、
おまえ、何枚目をチェックするか?」

『5枚目ですね』

「そうか、5枚目がくるっていたら?」

『4枚目』

「4枚目がくるっていたら?」

『3枚目。…2枚目。…1枚目』

「1枚目とはなんだ」

『構えです』

「『構え』は自分サイドでできる。
2番からは相手の動きにあわせる必要がある。
自分サイドで改革出来るものはこの『構え』だ。
この「構え」がしっかりしていれば、
2番以降が間違いないものになる。
バッティングで一番大事なものは1番。
つまり『構え』だ。
バッティングのフォームは『構え』からスタートするんだ」

つまり、バッティングは理論であり、
それが分かると自分をチェックできるということです。

衣笠さんはこの体験を通して、
論理的に、科学的に野球を考えることを学んだのです。
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■青木毅談

「『構え』は自分サイドでできる。
2番からは相手の動きにあわせる必要がある。
自分サイドで改革出来るものはこの『構え』だ」

説明説得型営業では、
相手(お客様)に反応に合わせていくことが出来ないのです。

質問型営業は、実は、
相手(お客様)の反応に合わせていけるのです。

営業における「構え」は、
質問を使って、欲求・ニーズの答えていくという方法なのです。

そして、この質問の順番を、
論理的に、科学的に考えて営業を作り上げたのです。

質問型営業で日本の営業概念を変える!

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